この『人間と宇宙の思考』と題された4つの講演は、シュタイナーはいわゆるブラヴァツキーやアニー・ベサントの神智学協会から袂を分かち、新たに発足させた「人智学協会」(アントロポゾフィー協会)の2回目の年次総会で行われたものです。
分裂の直接的な原因となったのは、アニー・ベサントが14歳の少年であったクルシュナムルティをキリストの再来として認めるように神智学協会の人々に求めたことだと言われています。今、改めてネットで検索してみると、クルシュナムルティの父親がシュタイナーに宛てた手紙(『ディ・ドライ』誌掲載)に行き着きました。クルシュナムルティの中にキリストと同じ霊を認めたというリードビーターが実は少年に性的虐待を行なっていたことから、父親が不信感を抱き、アニー・ベサントに親権の返還を求めた際に、シュタイナーにリードビーターの行き先を知っているかと尋ねているものです。それにシュタイナーがどのように返事をしたのかは知られていないようですが、ぼくはその生々しさに驚くとともに、クルシュナムルティが後に「東方の星教団」を解散し、「真理は道のない土地である。真理にはどんな道によっても、どんな宗教によっても、どんな集団によっても到達することはできない」(Truth is a pathless land, and you cannot approach it by any path whatsoever, by any religion, by any sect.)と宣言したことの重みを感じます。
ここでクルシュナムルティが3000人のメンバーを前に語った言葉の冒頭の「悪魔とその友人の話」は、シュタイナー思想やアントロポゾフィー協会について考える際にも、改めて示唆に富んでいると思います。
「悪魔とその友人が道を歩いていると、目の前で一人の男が身を屈め、地面から何かを拾い、ポケットにしまうのが見えました。友人は悪魔に言いました。「あの男が何を拾ったのだろう?」「彼は真理のかけらを拾ったのさ」と悪魔は言います。「だとすると、君には困ったことになったね」と友人が言いました。「いや、そんなことはないよ」と悪魔は答えました。「オレはこれからあいつに組織をつくらせるからね。」
https://www.jkrishnamurti.org/about-dissolution-speech
誰でも「真理」を求めていると思います。真理というのは、「なんで自分はこうなのか」とか「自分の人生に意味はあるのだろうか?」とか、「人間はどこから来て、どこへ行くのか?」といった根本的な問題への答えです。そんな答えの出ない問題について考えるだけ無駄だという人もいますが、大概の人は事故にあったり、病気になったり、困った事態に遭遇するとき、否応なくそうした「運命」に関する問いを抱くのではないでしょうか。
多くの場合、そういう問題を扱うのは宗教や思想ということになりますが、そこで必ず出てくるのが教会や組織です。クルシュナムルティは組織ではなく、一人ひとりが自分で真理を探求するように促したわけですが、それはシュタイナーもまったく同じでした。組織を作った途端に、例えば教祖をめぐる「権力」が発生し、力関係の中で人々が縛られることになります。
それではなぜシュタイナーはあえて「アントロポゾフィー協会」という組織にこだわったのでしょうか。これまでもこの点について考えてきましたが、シュタイナーの『人間と宇宙の思考』は別の側面から、アントロポゾフィーの目指すところを示しています。
シュタイナーは「思考」から出発します。
(つづく)